科学と哲学のUME式実ボク!

UMEのスパ天における実戦からチョイス、印象に残ったスパーを徹底解説!

ポップン1~5

ポップン1 UMEというプレイヤーの誕生


リリースは1998/9/28 とのこと。5鍵3rd、DDRとほぼ同時期だそうだ。
9ボタンというボタンの多さがやはり特徴的で、2人プレーがやりやすくキャッチーなビートマニア、というポジションのゲームとして認知されていた。
とはいえ当時から、中心は一人プレイだったように思う。
2人でやって楽しければ、より譜面を沢山叩けるのだから一人でやれば尚更面白い、というのも当然のことだろう。


時期は99年の1月あたり、きっかけは同級生に連れられてゲーセンに行った事だった。
体育の授業中かなにかに、突然そんな話になり、音楽部ブラスバンド班所属の私にちょっと音ゲーをやらせてみたかったのだろう。
ゲーセンに連れられて5鍵3rdを初プレイ。これが私の音ゲーデビューである。


UMEという名前だが、実は私固有のものでは最初はなかった。
仲間内でみんな使っていたもので、その由来も「ネームエントリーのとき誰かが梅のおにぎり食ってた」とかそんな他愛もない話だったと思う。
私の部活の同じパートの先輩で梅山さんという4つ上の方がいて、こちらはみんなから(同級生からも)梅さんと呼ばれていた。
ダブルミーニングでちょうどいいや、と思い、以降UMEという私のスコアネームが定着した。


ポップン1は、そのデビューからほどなくして触る。多分1週間以内だったかな。
友人と2人でプレイ、曲はJテクノ-ダンス-アニメヒーローだったはず。
5鍵3rdで音ゲーに慣れていた私は、これ一人でできそうだなと思い以降1人でやるようになる。


比較的すぐに全曲クリアもしたし、スコアもある程度のところで頭打ちになり
エキサイトモード(当時はオジャマではなく常時エキサイトのモードだった)でやるようになった。
それでもやはりやることは多くなく、飽きが来ていたような気がするのだがそれでもやり続けた。
あの頃はとにかく新鮮で、触っているだけで面白かったのだろう。
余談だが、基本的に無理押しがこないようになっていたと思われるエキサイトだが、1回だけ159が来た事がある。バグかと思った。



まあこの時期、音ゲーにはどっぷりはまった。
やり始めなのだから、やればやるほど上手くなる。そりゃ楽しいに決まってる。
それまで100%近くを維持していた部活の出席率がこの影響で50%近くまで激減。
つくづく凝り性というか、色々そつなくこなすというのができない性分である。


その頃つるんでた奴のうち1人はこないだ、新作稼動に伴いギルティを再開したりしたらしく、
またある1人は今は無き川越マグマで店員をしていて、ポップン14の頃に大会を見に行ったらばったり会ったりした。
我々がいまだにゲーセンが好きなのはきっと、同じあの頃を原点としているからなのだろう。
音ゲーという新しいジャンルがまさに誕生し、際限なく広がっていくあの頃を間近で見れたことは、今となっては貴重な思い出である。



ポップン2  常時ランダム、肘の始まり


リリースは1999/3/26とのこと。ただ私が初めて触ったのは確かうちの学校の文化祭の最終日とかだったと思うので、
だとしたらちょうど1ヶ月後くらいに江古田フタバに入ったのだろう。


ゲームを紹介すると、まずランダム、ミラー、ヒドゥンのオプションが追加。
Partyモードの追加。最強曲は最後の白白が見えないと評判のヘビーメタル(当時は同時押しだと思った)。


ランダムの登場がとにかく嬉しく、早々と常時ランダムになった。
全曲クリアは多分初見でいけたはず。当時はまだ判定の辛い曲で10万点を狙ったりはできなかったので(不可能と認識していた)、
ランダムヒドゥンミラー(ミラーは多分意味なし)付きでエキサイトかパーティモード(主にパーティ)をプレイしていた。


確率的に低いものの、ランダムを使う以上ごくたまに無理押しは降ってくる。
とはいえノースピなので反応できないっていうことはない。
確か私、この頃から肘を使い始めていた気がする。
258系は苦手(若干未だに)だったが、1469系は当時既に確実に押せるようになっていた。
もしかしたら肘の始祖は自分なんじゃないか、と思っているのだが、どうなのだろう。



ポップン3  もあぽっぱーへの参加


リリースは1999/8/16。HYPER譜面、HYPERモード追加。最強曲はノーマルならパワーフォーク、HYPERならクラ2H。


実は自分としては、ポップン初期の中で最も印象が薄い作品である。
あまりやらなかった理由はまあ色々あるのだがズバリ、隠し要素が分からなかったからである。


この作品では各種HYPER譜面、さらに隠し曲も豊富にあった。
しかしネットが今ほど普及していない時期、ノーマル譜面では物足りなくなっていた私は
これら隠し要素が気になりながらも知る手段がなく、叩いてみたい曲や譜面を
前の人がプレーするのをただ指をくわえて見ているしかなく、それでげんなりしてしまったのである。
なんかこう、もうちょっと上手くやって頂けなかったのだろうかと未だに思うのだが。


しかしながら作品終盤に、私の音ゲー人生において非常に大きな出来事があった。
池袋モアイのチーム「もあぽっぱー」への加入と、当時最高のプレイヤーSTR-TOMO氏との出会いである。


きっかけは今は無き池袋モアイのコミュニケーションノートであった。
そこで記録達成の書き込みをしているTOMOという人、書いてる記録がいちいちどう見てもヤバい。
是非会ってみたくてあれこれノート上で書いてるうちに声をかけて頂いた(確かFURUさんっていう方に声をかけられたのが最初だったな)。
あの頃の方々は今も元気にしているのだろうか。こじまさんだけはたまに池袋で見かけるのだけど。

さて、当時の私にとって、TOMO氏との出会いはあまりにも衝撃的だった。
具体的にいうなれば、それまでなんとなく押してなんとなくGOODを出していた私にとって
目押しの技術によって、判定の辛い曲でもパフェを狙えるという、いわば「新発見」だったのである。



ポップン4  トップが見えた飛躍の作品


大きな環境の変化を経て、ポップン4は私にとって最初の飛躍のゲームとなった。
リリースは2000/3/16。ハイスピードの導入の効果、目標やライバルとなる人達との競争、
PA(パーフェクトアタックというHP。自己申告制スコア登録ページ)やもあぽっぱーのHPの記録欄への掲載などが大きなモチベーションになり
みるみるスコアが伸びていく。


「自分はこのゲームで、全国トップを目指せるのではないか」とうっすらと意識し始めたのは、恐らくこの頃だったように思う。
具体的には、新曲で最難関であったオキナワHを5回目くらいでミラーであっさりパフェり、
それがどうも全国第1号の可能性が高かったことだろう。これが大きな自信になった。


この頃、新宿チルコにて初めて大会に出場。
複数台接続で大会使用の特殊モードというマイナーなモードが実はこの頃あった(スパ2のトーナメントモードみたいなもん)。
初出場はスコアアタックモード大会で、判定が辛くなっている。フレンドリーNでGOOD10くらい出て予選敗退(多分判定幅2フレだったんだろう)。


これが4だったか5だったかがうろ覚えなのだが、確か4。
完全トーナメント方式の大会があり、そちらは初戦突破。
3回戦くらいで曲がパッションH、全体でそこまでトップはなっちさんのGOOD6。
私がGOOD5でそれまでの1位を更新したが、対戦相手が大爆発。
開幕GOOD以降パフェ、GOOD1。トーナメント方式のため、私はここで敗退。そんなんありかよと思った。
なおその対戦相手は準決勝で敗退、3位決定戦棄権。3決があることを知らなかったのか、新幹線に乗り遅れそうだったのかは
今度聞こうと思う。

そのプレイヤーの名前はたぬっち。今ではたぬ@ケチと名乗っている。


作品全体を振り返ると、この頃まだポップンは「クリア能力が必要のないゲーム」であった。
常時ランダムでずっとやってきた私にとって、やはりポップンの譜面難易度には少々物足りないものもあった。
そんな中、自分に最も影響を与えたゲームがリリースされる。



アニメロ2号  決してやり尽くせない不朽の名作


リリースは2000/9/21。スピンオフ作品だが番外編として取り上げる。
というのもこの作品、私の音ゲー人生を振り返るなら決して欠かすことのできないゲームだからだ。


最初に触ったのは、確かリリース直後のAOUだったかAMショーだったか(今はこの2つ統合されてるんだってね)。
コナミブースの目玉はなんといっても翌月に稼働を控えたポップン5。長蛇の列に並びようやくプレーするも1曲設定、
ポップン5から「オプションの曲別の直前変更」が実装されるも強制ノースピヒドゥンになるバグがあり見事引っかかる。
しかもこういうイベントあるある、ボタンが完全に死んでいる。アニメヒロインをやって
延々くるバスの1が埋まりゲームになってない。


怒り心頭のままポップン5のプレーはもう諦め、事実上アイス食い放題の冷え冷えペンタ(アイスが取れるプライズ)とかやりつつ
3台稼働で人も少なめなアニメロ2号に移る。


これは当時を知る、昔のポップンから順番に追いかけてきた人間にしかわからないことなのだが、
今ではダブルトリプルが話題になるアニメロ2号、そもそもデフォルト曲の時点で難易度が飛躍的に高くなっている。
譜面も両腕をバランスよく動かす譜面が多く叩いてて楽しい。デビルマンHやバビルHなど、初見で死んだ曲が複数あるのも初めての体験。
ハイスピも4倍まである。これはちと簡単には遊び尽くせない名作だ、と直感した。


池袋モアイにほどなくして入荷、それはもうやりまくった。
ハイスピも3倍からじきに4倍へ、あんなにてこずったデビルマンやバビルもパフェり
最終的にもあぽっぱー3人揃って(TOMO、なっち、UME)デフォルト曲全曲パフェを達成。


そしてダブルモード。
知らない人向けに説明すると、譜面が純粋に2倍になる。
階段は連打混ざりで二重に、2個同時押しは4個に。5個以上同時押しは容赦なく全押しになる。
増え方に規則性はなく(譜面そのものは固定)、ズレ譜面が重なって見えない連打になることもある。


最初はレベル2とか3とかをやる程度だったのだが、意を決してレベル5の花の子ルンルンHをやってみたら一発クリア。
6と7はさすがに難易度がシャレになってなかったが、
粘着の甲斐あってついにレベル7、セーラースターズHダブルをクリア。
確かこの時期にデビルマン、ゲッター、バビル以外は越したんだっけな(聖闘士聖矢はまぐれ、グレンダイザーは得意だった)。
ポップンのクリア能力に関しては、この時期の貯金でしばらくやり繰りする事になる。
今思えば、貯金とかいってないでひたすらアニメロやり続けてりゃよかった。


その後も定期的に、アニメロ2号には触ることになる。
吉祥寺プラザカプコンやトーホーレジャーランドなど、多少動けば遊べる場所で稼動していたのだが
動いているときはありがたみがわからずあまりやらなくて、無くなってから悔やむのは人間の常だろうか。
今は東京近辺で、アニメロ2号が遊べるゲーセンがあるのかどうかわからない。
つくづく勿体無いことをしたものだ。


ポップン5  アニメロに埋もれたポップン4の続編。


リリースは2000/11/17。
チャレンジモード追加、それに伴いEXステージと一部EX譜面追加(当時は別曲扱い)。曲別のオプション変更実装。

しかし正直1回やって「これアニメロ2号のが遥かに面白い」と感じた。
ポップン5はいうなれば「ポップン4の続編」であり、アニメロで大きくクリア能力が向上したプレイヤーにとっては物足りなかった。
判定が甘くハイスピ4まであり、沢山譜面を叩かせてくれる爽快なアニメロ2号に比べて、ポップン5は少々不親切であったと思う。


なのでこちらはほどほどにして引き続きアニメロをやっていたと記憶している。
あとは江古田ディンドンに入った20円ポップン2と5鍵5th。


特に5鍵5thはエキスパートコースがどれも面白い。
リリース当時は友人と腕前がちょうど互角で、
nagureoコースでトリルがグレ以下でハマった方がコーストータルで負けるくらいの拮抗具合だった。
そんな懐かしい思い出もありつつ、今やると当時のIR1位のスコアを抜かせるくらいの腕になっていて
目標にも困らず、お財布にも優しいのでがんがんやりまくっていた。
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  1. 2015/12/06(日) 05:47:55|
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