科学と哲学のUME式実ボク!

UMEのスパ天における実戦からチョイス、印象に残ったスパーを徹底解説!

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ポップン9~11


ポップン9 オイ0で味わった最初の挫折


2002/12/26リリース。新要素としてはe-amusementサービスの開始と、それに伴うカードシステムの導入。
カードの特典としてハイスピード×6,×8がついてくるものは大人気だった。


昨今こそ「カードにフルコンマークを残す」ということの価値が広く認識されるようになったが、
やはりこれも「それ以前」を知るものとの感覚の違いがあり、私は
「どうせ覚えてるんだからいいんじゃない?」という程度の認識しかなかった。
以後作品が変わるごとにカードを買うのだが、引継ぎをしばらくしたことがなかった。

もしちゃんと引継ぎを続けていれば、後に頑張ることになるフルコン埋めの苦労がだいぶ違ったことだろう。
とはいえ、それだけおおらかな時代だったのだから仕方ない。
さらに言えばしょっちゅうカードを無くしていたような気がするし、私にはそんな未来はなかったのだろう。


稼動直後、幻の全国大会というのがあった。
全国指定店舗で行われ、エントリーは自由。トーナメントで両者くじ引きで選曲、2曲同点ならじゃんけん。
つっこみどころしかないこのルールだが、ちゃんとコナミ公式大会である。
そして決勝だけは全店舗統一でハイパンクH。これのスコアで全国の優勝者を決めようというものだった。


私は池袋モアイで参加。トーナメントの途中経過は全然覚えていない。
決勝はHELLとの一騎討ちとなり、先行の私が10万点を取りプレッシャーをかける。
HELL氏が道中ミスをして勝利、10万点は全国でも私が単独で、全国優勝を成し遂げた。

うーむ、こう書いていてなんだか突っ込みどころが満載である。
今調べると、公式HPなどは一切残っていない。もしかして私の夢だったんじゃないかとすら思った。
唯一ひっかかったのはえすきがどっかの掲示板に「UMEさん優勝です!」って書いてた記事くらいだった。
まあ公式にとっても黒歴史だったのだろう、ここでもあまり追及しないのが大人の優しさか。


IRはHのみ参加、マスターズH3位。2位はフジタカ君に明け渡すことに。
(曲に関して今振り返ると、オバQにめちゃくちゃてこずったことを真っ先に思い出した)
しかしここで一つの事件が起きる。2人プレイの不正が行われたのだ。


詳細をここで名指しで書くことは本意ではない。あくまで私の知る限り確実な、というだけで
恐らくポップン6のHELLコース等は、不正が結構いたことだろう。
とはいえ2人でやることと、2人でやったスコアをあたかも1人でやったかのように装うのは
全く別の話である。

個人的には、事件としてはもう時効でよいと思う。
しかしながら人の信用を時間が担保することは決してない。
あのときIRを頑張ったみんなが感じた怒りや悲しみは、忘れることはあっても無くなることはない。
そんなことを記したくて、迷いながらこのことを書くに至った。
以後これまた私の知る限りではポップン12まで、IRと不正問題というのは切り離せない話として続いていく。


ポップン9の店舗対抗イベントは、当時を知る人間であれば誰もが苦い思い出として残っているであろう
「たたかえ!ギャンブラーZ」である。
「不思議のダンジョン」シリーズのようなマップを、クリアした曲数分のマスだけ進み
宝箱を空けて隠し要素を解禁させていくようなシステムなのだが、
迷路のような容赦のない分岐が存在し、残る隠し要素があとわずかというところで
進路を間違えると途方も無いロスになる。

「ココの分岐にきたら、絶  対  に  こちらに進んでください!!!」
みたいな張り紙をした店もちらほらあったとか。
あの不思議な殺伐感がなんだか今振り返ると笑えるものだが、当時みんな必死だったのだ。


そして、奥まで進んでいくと「ボス」が出現する。
ボスは強制オジャマ付きで、ターバンEXやピラミッドEXといった追加EXを特定のオジャマ付きでやり
クリアできたらボス退治、その譜面が解禁となる。


池袋モアイでウオヲを倒してオイ0を解禁させたのが、実は私である。
強制お邪魔2倍付きで恐ろしく早い。初見なのもありBAD70ほど出たが
ボス戦使用の特殊ゲージの恩恵もありなんとか越せた。
そして解禁したオイ0を改めてやったのだが、BAD50弱の逆ボーダーだった。
ミラーにして数回やってBAD20くらいまでは減ったのだが、全く手ごたえが無い。


当時私は全くといっていいほど指が使えなかった。
クラ4の木琴押し動画を撮ったのは丁度この頃だったのだが、あの叩き方はネタではなく大マジで
あれが自分にとっては最善の取り方だった。
指を器用に使う自信がなかったから、
「何度やっても必ず成功するような叩き方を目指す」という方向性にいき、それが木琴押しだったのだ。
(ちなみに動画のBAD1はぶっちぎりの自己最小、終盤「うおぉっww」って叫んでるのはSILV)


しかしそれは、あくまで一本の階段に両手を割ける程度の密度の譜面にしか通用しない。
譜面のレベルがそこまでに達したら使えなくなる方法だと知りつつも、オイ0の難易度があまりに高すぎて
私は「これを機に指でのトリルを練習しよう」と切り替えることができなかったし、
ランダムも基本的には越せないとあって、
練習して譜面を拾う能力を高めようというモチベーションが沸かなかった。


何故かといわれたら難しいのだが、しいていうなら
自分はあまり苦労することなく、早く、簡単に上手くなりすぎたんだろうと思う。
そして、それを誇りに思いすぎていたのではないだろうか。

だからこそ、自分のテリトリーに納まらないこの譜面を、「別のゲーム」だと認識することで
自分を納得させようとしたのではないか、と当時のちっぽけな自分を振り返って思う。

あまりにも異なる技術体系が必要なこの譜面を、当時の自分が「許せなく」思っていたことは強烈に覚えている。
そこで「新しい技術を身につける大きなチャンスがきた」とワクワクできなかった自分は、
やはりトップの器ではなかったんだろうな、と思う。


この辺りからポップンのモチベーションが低下し始め、
どちらかというと2DXに傾倒していったと記憶している。
8thの終わり頃に始めたSILV式指固定も定着しはじめ、クリア能力に格段の進歩が見られ
デラがいよいよ面白くなってきた時期、特に身近にいたSILVの存在は非常に大きかった。
彼の2DXに取り組む姿勢は真摯そのもので、多くの人に影響を与えたのもうなづける。


私が今のポップンのプレイヤーに残せたものなど、あるのかどうかすら分からない。
しかしSILVの存在は、DOLCE.氏の台頭、活躍と真っ直ぐ繋がっているはずだ。
それだけ偉大な人物であったと、声を大にして言える。面と向かっては一生言わないが。


この頃、初めて遠征というやつに出かけた。行き先は名古屋と三重。ちょろっと大阪と兵庫。
名古屋で遊んだ工藤、TIME君、まこさん、三重で遊んだZENO君SERA君。
岐阜のねこやdis君にもお世話になった。

福島ではFJTKとバケツさん。アテにしてたネカフェに泊まれなくて、
途方にくれていたところを助けてくれたSUEさんとバケツさんには心から感謝。
でもバケツさんはこっちがガンはまりして出たHIGH(A)を2回で抜いたり、カードネームUMEPYにしたりするから嫌いだ。
(あれのせいで「UMEさんってDPもめっちゃうまいんすね!○○全一見ましたよ!」とか何回かいわれて笑った)



ポップン10 唯一のスキル上げに没頭


2003/8/6にリリース。
稼動直後のIR期間前~中あたりだったと思うが、茨城の水戸にHELLとプチ遠征?にいった。
今年の夏の暑い日に買ったCoolishを見て、これ買うの水戸に行って以来だなぁ、とふと思い出した。
KYONさんというIRランカーの方に会いにいったのだが、どうも行った先のKYONさんのホームゲーセンの
人間関係の模様がよろしくなかった。
女性の店員とその取り巻きが幅を利かせていて、みたいな話だったのだが、
「オタサーの姫」の走りだろうか、今思えば。


IRは当時恐ろしくお金が無く、ものすごくプレー回数を絞った強行軍のトライとなった。
マスターズH6コースに対し1500円、15クレで仕上げた。
ウーマンコースH初見、ライジングHコース6クレ、それ以外は2クレずつ。
これで2位のフジタカ君と1500点差の3位なのだから上出来だ。


やはりこれも当時の私の悪癖で、もちろん少ない試行回数で最善の結果を出すことも難しいし価値あることだが、
2,3回目に一度高い水準でスコアが揃うのは誰でもそうで、そこから数十クレ掛けてスコアを捻出していくことこそが
一番難しく、そしてそれこそが上達に繋がるのであり、それがIRをやる最大の意義なのだ。

少ない回数でまとめたところで、それは現時点での順位が明らかになるだけのことであり
せっかく自身の上達に使える大きな機会を、私はこうやってフイにしていたんだなぁ、と反省する限りである。


今振り返って、ポップン10はあまりにも覚えていることが少ない。
何故かと思って音ゲー年表を見たところ、この時期はDrummania9thにて人生で唯一、スキル上げを頑張ったのだ。


私は生ドラム経験者であるが、ドラムマニアにあまり自身の適正を見出せないでいた。
特にコンボが繋がらない。部分部分は上手く叩けるところもあるものの、どうでもいいところでぶちぶち切る。
ドラムを叩く、ということとコンボを繋ぐということが、生ドラムの経験が邪魔をして共存させられないでいた。

しかしそんなのはやりこんでいなかったが故のこと、というだけであり、
きっかけこそ忘れたのだが、やり始めたら自身がドラムマニアに適応していく快感に夢中になるのだった。


スキルポイントのシステムを理解し、取り組む曲を家で2曲予習。1曲仕上げてもう1曲手を付ける。仕上げると決めた曲は繋がるまで帰らない。
曲目に関しても効率を意識し、例えばサンバキックが苦手だったので敬遠していたLA ARENA ROJAに手を付け、
手の回しもきっちり予習しておき、それなりの成果が出るところまでやったら帰宅、復習しつつ
サンバキック繋がりで強化版のYou Can't Do itに手を付ける、といった具合である。


ひとつひとつ潰していくごとに実感する自身の上達、それがSPにはっきり反映され
努力した分だけ結果が返ってくる。この感覚があまりに楽しすぎた。
結果私の周りでドラムのスキル上げをしている、私にアドバイス的なものをくれた人達を軒並みごぼう抜き、
最終的には確か1217くらい、70位ちょっとのところまで上がった。
(そしてその人達、私がSP抜く度に一人ずつちょっとよそよそしくなっていった)


この頃があまりにも楽しく、しかし同時に自身が積み上げたものとして愛おしすぎたのか
後の作品では、私は一切スキル上げをしなかった。
今にして思えばもちろんまだ伸びしろはあったと思うが、それでもあれだけまっすぐに
スキル上げという目標に向かって取り組むということは、毎作品同じ意欲を持ってできるものではない。

それは私のメンタルが弱いからだといわれると胸が痛いのだが、あのスキル上げを通して
「やればできる」という漠然とした自信を付けることができたように思う。そしてそれは、今でも残るものがある。
そういう大きなものを自分の中で獲得できたことで、スキル上げに関してはこの1回で満足がいったんだろう。


またポップン10では、第2回IR「リクエストコースランキング」が開催。
公式アンケートによるリクエストを受けて、選ばれたコースによって競われた。
今回はEXありなので自分としては有利な条件であったが、ここでも不正が横行。

結果アルカディアコース8位、マラソンコース2位、ポップン紅白コース3位、四大文明コース1位。
しかし四大文明以外3コースは上に少なくとも1人は多人数がいるような有様。


それでも出来は中々、特にマラソンコースは会心の出来。
2曲目のアニメRが最大の難関で、絶対にランダム当たり待ちをするべきと判断。アニメRはランダムしかやらなかった。
結果10回いかないくらい?でほぼ完全交互の当たり譜面を引き、93800点ほど。当時としては破格のスコアだった。
978-938-963-908とか、その時点では全て自己ベストクラスで揃い、1位の多人数と2300点差、
3位(事実上の2位)と9400点というIR史上ぶっちぎりの大差をつけた。

1位が多人数なのはみんなが周知するところであり、それと2300点しか変わらない私のスコアが全く疑われなかったのは
日ごろの行いがそれだけよかったのだろう、うん。
(偶然ながら証人いるけど)
他はポップン紅白、四大文明ともに初見でこの順位。発狂のCOOL判定はまだこの時期私がトップだった模様。



イベントとしては、「第一回日本ポップン化計画」に参加。
相当いい状態で臨み準決勝まで全てトップ通過だったものの、慢心が原因のミスで準決勝でHELLと仲良く敗退。
エキシビジョンでクラ4とオイパンク正規をやって会場が沸いたのはおいしかったが、悔しかった。
それにしてもHELLがサイン攻め(長蛇の列!)に遭ってるのは笑った。私はえすきの連れの方にネームプレートあげたくらい。


また同じ主催者繋がりで、ごろー君のネットラジオ「おじゃラジ」に参加。
反響がとてもよく、ちやほやされるのはやっぱ悪いもんじゃないなと有頂天になったりした。
今こんな30手前(公開される頃には30になってる)のおっさんが喋っても需要ないものね。



ポップン11 危機感に駆られた末の1日猛粘着


リリースは2004/03/24。今回はIR不参加。
さすがに15クレが捻出できなかったってことはないと思うので、やはりやる気が随分失われていたんだと思う。
それでもいざやるとなれば自分は未だに負けやしないさ、と正直舐めていた。
なんだ今振り返るとただの痛いやつじゃないか。


しかしHELL11(ねぶた-モンゴル-リンセイ-ナニヒー)と、周りのプレイヤーの上達でいわば「ケツに火がつく」ことになる。
HELL11簡単ですよー、とみんながいうのだが、私がやるとどれもBAD10以上出る。
モンゴルEXとナニヒーEXをチャレンジでやってどっちも95割った。
自分のほうが上だとタカをくくっていたTOBAやPOKOやRobo君は、みんなパフェないしそれに近いリザルトを出しているのに。


指を使って両手で多くの譜面を捌くということから、ポップン9のオイ0をきっかけに逃げ続けたツケがついに回ってきた、と強く実感した。
特に今回は、周りのみんながなんの苦労もなく叩けているということが大きかった。

こりゃ自分に合わないとかいってられない、今後はこういう傾向の譜面ばかりになるぞと本気で焦り、
ひとまず1日思いっきり頑張ってどれだけ追いつけるかやってみよう、と決心。
池袋モアイで昼から夜までひたすらモンゴルとナニヒーを交互に粘着。これ以外の曲もゲームも一切やらずぶっ続けた。


結果ようやく指押しのコツらしきものを掴み、BPM150台くらいまでのものを両手ともGREAT以上で拾えるくらいの精度になり
最終的にはどちらもチャレンジ判定で995を超えた。
1日でこれくらい伸びるなら俺も大したもんじゃないか、とか天狗になるより先に、
とにもかくにもほっとした、よかったまだこのゲームに俺の居場所はあるんだ、と安堵したことを覚えている。


この頃ポップン12でのIR参加を決意、と同時に恐らく
3位以上を狙うならかつてないほどの苦戦を強いられるのだろう、と覚悟させられたのだった。
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  1. 2015/12/07(月) 11:25:14|
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